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ラブレターフロームカナダ

ラブレターフロームカナダ

幸子の日記3、19~32話

第19話、20ドル



海の風は冷たく
涙が乾いた後の頬を突き刺した。

空は暗く海の水も黒い色をしていたが、
高層マンションからこぼれてくる明かりで
水面はキラキラしていた。

明かりのついている部屋を一つ一つ見ていた。
ある部屋ではテレビを見ているのだろうか、
天井に反射した光が虹色にころころとかわった。
ある部屋では数人の人影が楽しそうに動いていた。

足が冷たかった、
靴を履かずに靴下だけを履いていた。
着ている服はヨレヨレのスエットの上下だった。
乞食と思われてもしょうがないような格好をしていた。

惨めだった。

私は一人海辺に立っていた。
自殺する勇気もない自分を悔しく思いながらも
心のどこかではホッとしていた。

高層ビルのベランダに人が出てきた。
4階辺りだろうか、二人の動作がかなり鮮明に見えた。
二人は肩を抱き合いしばらくは海を見ていた。
カップルなのだろう、女性の方は男性の方に頭を擡げていた。


昨日までの私はそこに居たはずだった。
どこでどう歯車がちがっていったのか
冷静に考えられるほど心に余裕は無かった。

ただ一つはっきりしていたことは
誰のせいでもなかった。
自分で常に枝分かれしていた道を一つづつ選んで進んできて
ここにたどり着いたのだ、
こんなに惨めで寒い場所に。


「うっ、、、、」


乾いたはずの涙がまたあふれてきた。
涙は止まらず、トレーナーの襟が濡れ始めていた。

両手で顔を多い、
ぎゅっと目をつぶった。
全てが夢であるように祈った。
しかし目をつぶっても暗い暗い闇が続いていた。
その闇に包み込まれてもいいと思った、
このまま気を失い
夜の冷たい風に自分の心臓が凍り付いていいとさえ思えた。






しばらくすると、
隣で誰かが立っている気配がした。
それは暖かいものだった。

そっと目を開けて横を見てみると
父が立っていた。

父はいつものように優しい眼差しで私を見ていた。
男に騙され続けている馬鹿な娘を非難することもなく、
冷え切った体を包み込むように暖かい眼差しで見つめてくれた。



「泣くな、泣くと幸せになんないぞ、
お前は笑うとかわいい顔をしているんだから、
もっと笑った方がいい、、、」

「お父さん、、、」


「幸せになってもらわんと、わしも悲しいしな、、」

涙がもっと止まらなくなった。


「お父さん、ごめんなさい、、、、お父さんは私を幸せにするためにここまで
育ててくれたのに、私まだ幸せになってない、
それが正しいと思って全て自分で選んで来た道なのに、
自分を否定して、また後悔している、、、
強い人間になりたいのに、いつまで経ってもなれない、、、ごめんなさい、、」



そのまま顔を両腕にうずめてしゃがみこんだ。
早く父を安心させてあげたいのに
それが出来ない自分がもどかしかった。



しばらくして見上げてみると
父の姿は消えていた。

それは夢だったのだろうか
現実だったのだろうか、、、、。

父の立っていたところに目をやると
小さな紙切れが落ちていた。
拾い上げて見てみると、
20ドル札だった。

「これでタクシーに乗ってあそこまで行ける、、」


頬の涙は乾いていた。
父に会ったせいだろうか

先のことを考える余裕がでてきていた.


第20話、風呂


私の行ける場所はそこしかなかった。

もしここが日本なら
実家、もしくは妹の家、
昔から親友の家など、色んな場所に転がり込むことが出来た。
そして私は自分の傷ついた心と冷たく冷め切った体を
私の事を心から愛してくれる人たちの元で
すばやく回復できたのだろう、、。

だかここはカナダ、
家族や昔からの知り合いなどまったくいなく
私の帰る場所など無いところだった。
頼みの綱のコアラちゃんはポールとメキシコのカンクンに旅行に行っていた。

自分の帰る場所は無くても
行くことが出来る場所を
作らなくてはならなかった。


そんなことを考えているうちに
タクシーはグラントの家の前に着いた。

私はすばやくタクシーを降り、
彼の家の前に立った。

前もって彼に電話を入れておいたからだろうか、
彼はタクシーの音を聞いて
すぐに玄関に出てきた。


「さ、早く入って、、」

彼の声は暖かかった、、。


私はよれよれのスエットの上下を着ていた。
ノーメイクで靴も履かず靴下は真っ黒に汚れていた。
そんな私の姿を見ても
彼は何も聞かなかった。
きっと出張から帰ってきたマイクに電話をしたんだろう。



「こんなに体が冷め切って、、、」

彼は私の手を握りながら話し続けた。

「まずはゆっくりお風呂につかりなさい、、」

そう言い終わると、彼は私の手を引いて
ゲストルームまで案内してくれた。

ゲスト用のバスタブにはお湯が張られていた。
私は冷たくなった自分の体をゆっくりと
湯船に沈めていった。


暖かかった。


そのお湯の暖かさが私を少し幸せにしていた。
30分前まではあの海岸に立っていた。
死んでも言いとさえ思っていた。

今は暖かいお風呂につかり
生きている実感を味わっている。


「父に助けられたんだ、、、」

そう思うと涙が出てきた。

日本に居るときは全てが当たり前だと思っていた。
家に帰れば暖かい食事とお風呂がいつも用意されていた。
父や母の愛情をいつも当たり前の様に
受けていた。
いろんな人の愛情の上に胡坐をかいて座っていた、
感謝の気持ちなど一切持たずに。

今はグラントの親切を自分の心いっぱいで受けようとしていた。
色んなものの有り難さが少しづつ見えてきているように思えた。


「有難う、、、」

ただ誰に言うともなしに
その言葉か自分の口から出てきていた。

第21話、涙雨




次の家が見つかるまで
しばらくグラントの家に泊めて欲しいと申し出た。
もちろん彼は快く承知してくれた。

「新しい家を探さなくても、ここに居たいだけ居てもいいんだよ、、」

そのときの私には優しすぎる言葉だった。
前からグラントが私の事を気に入っていたのは知っていた。
老いた彼の恋心を巧みに利用できるほど
私は器用な女ではないと思っていた。

だが実際、私は彼の心を利用して
彼の優しさに甘えていた。

カナダでは何も持たない私は
そうすることしか出来なかった。


マイクからは毎日のようにメールが来た。
電話も毎晩かかってきていたが
彼と話す心の準備が出来ていなかった。

まだどういう風に出ればいいか迷っていたからだ。


もしウサギちゃんとよりが戻ろうとしているなら
すぐに身を引きたかった。
それは、彼女を悲しい目にあわしたくないのと、
後は彼女と争っても勝つような魅力のある女ではないことを
当の本人が一番良く知っていたからだ。

そんなことを3,4日ほどずっと考えていた。
5日目にしてやっと自分の心が決まった。


「マイクに早く電話しなきゃ、、」


受話器を握ったが、
心が重く受話器を電話機からはずすことがしばらくできなかった。

受話器をもった自分の手が目にはいってきた。
少しだけ指を伸ばしじっと見つめた。

小さい頃からしわの多い手だった。
クラスのいじめっ子の男の子からは

「しわ婆~」

と言われ、いじめられることも多々あるぐらいだった。


「おばあさんの手みたい、、、」


いつか誰かに愛されて、
左の薬指に大切な指輪をするのが夢だった。
そんな指輪に似合うように
爪を少し伸ばして
ピンクのマニキュアを塗りたかった。

そんな夢とは程遠く
私の手の爪は短く、指の関節はしわだらけだった。


「こんな手を持つ女なんて誰も愛してくれるわけないや、、」

そう思った瞬間
受話器が軽くなった、
指が勝手に動くようにかけなれた彼の番号を押しはじめた。


外は雨がずっと続いていた。
雨が降ってくれてたからだろうか、
私は涙を流さなかった。

第22話、窓ガラス



雨はまだ降り続いていた。
まだ昼間だというのに外は薄暗かった。

バンクーバーの冬はいつもこうだった。
昼は短く薄暗い。
今年で2回目の冬なのに
まだこの暗さになれなかった。



「ハロ~?」

いつもの優しい声だった。


「もしもし、マイク、、、私、、」


「幸子!どうしたんだよ、急に居なくなって、心配してたんだよ、、」

最初の声とは反対に
彼は大声で怒鳴るように言った。


「ごめん、心配かけて、本当にごめんなさい」


「グラントの家に居るんだろ?今から迎えに行くよ」

彼の声はまだ息荒かった。


「、、、、、、ううん、、、来ないで、、」


「どうして?僕のメール見ちゃったから?」


「それもあるけど、、、なんていうか、
いっぱいいっぱい頑張ったんだけど、あなたとの将来がどうしても
想像できないの、、、、」

自分の台詞に酔いしれたのか
涙が出そうになった。
だがこんなところで涙は見せたくなかった。
それは、私が最後に見せたい彼へのプライドだった。


「、、、、、、、」


彼は無言のままだった。


「今度新しい住むところが決まったら荷物取りに行くよ」


「いつ?、、、、、、
僕達こんな形で別れるの?」


「ううん、別れないよ、これからも友達でいようよ、
あなたの幸せを見届けたいし、、」

しばらくの間
彼との押し問答が続いた。
彼はウサギちゃんの話しはあまりしたがらなかったが私はずっと前から
分かっていた、
二人はいつか一緒になるだろうと、、、。
それをずっと分からない振りを続けていたのは私だった。

そんな二人の間を妨げるお荷物にだけはなりたくなかった。





受話器をそっと置いた。
電話を切った後も手が震えていた。

私から別れを切り出したのは
彼からまた別れを切り出されたくないからだった。
ずるい女だった。


「言う方」と「言われる方」、、、。

もちろん「言う方」の方が勇気がいる、
それに、もしかしたらやり直せるかも、というような下心が働いて
切り出しにくいことも多々あるだろう。
ただ、「言われる方」よりかは
はるかに傷は浅かった。


雨はだんだんと激しくなっていった。
雨は窓ガラスを打ち、
小さい小川がガラスの上を張った。


「私の心みたい、、、」

一人つぶやいた。

強くならなきゃいけなかった。
全て自分で選んだ結果だった。

冬が終れば春が来る、
そうすれば、必ず太陽があの窓ガラスを
明るく照らすだろう。

第23話、嫌



マイクの家を飛び出して以来
学校は休んでいた。
その学校も来週には終ってしまう。

行こうか行かまいか悩んだが
その日は行くことにした。

マイクのことで私の心はかなり落ち込んではいたが、
そんな勝手なプライベートの事情で学校を休みたくなかった。
いや、それよりも
彼のことで自分の人生を費やしたくなかったのかもしれない。
将来のある彼ならばいざ知らず、
もう私の将来には混じってこない男の為に
これ以上自分の人生を左右されたくなかった。

それに学校に行けば
嫌でもクラスメートと会って話さないといけない、
気分も少しは変わるだろうと思った。



久しぶりに会ったキリンちゃんは少し疲れ気味の顔をしていた。


「幸子さん久しぶり~、どうしていたの?皆心配してたよ~」

「え、うん、ちょっと色々あってね、
また落ち着いてからゆっくり話すよ、、」

今はまだ自分の気持ちを誰にもち明けたくなかった。
そっとしておきたかった。

「で、その後どうなの?彼とは会ってるの?」

話しをそらそうと思った。

「うん、会ってるんだけどね、、、どうしていいかわかんないんだ、
特に会いたいとも思わないんだけど、でも会えば英語の勉強にもなるし、私
カナディアンの友達は彼しかいないし、
でも、、、、なんていうかな、
会うたびに毎回私の体を触ってくるのね、
肩とか、手とか、、それが嫌なんだけど、、多分今日も彼、
毎日学校の前で待ってると思う、、、」


「待ってるって、、、嫌なのに会うの?」


「嫌なのかどうかわかんないの、英語の宿題も見てくれるし、ドライブ行きたいときは
友達に車借りて連れてってくれるし、それにスーパーにも一緒に行って
重たい荷物もってくれるし、、
私は普通の友達でいたいんだけど、彼のほうはそんな風じゃなくって、、」


「大丈夫?」

今の自分が人から言われるはずの言葉を彼女にかけていた。
その状況を滑稽だと思えた。
そう思えるほど
私の心は回復してきていたのだろうか、、。


「毎回ね、会うたびに彼はあーだこーだ言って自分の家に
私を連れて行こうとするのよ、彼の家に行ってしまえばもう終わりなこと
ぐらい馬鹿な私でもわかるから、いつも嘘をついてはぐらかしているんだけど、、
私がいつも断ってるのに、彼は私の気持ちなんて分からずに
毎回誘ってくるのよ、信じられない、、あ~今日もどうやって断ろう、、」


「嫌だ、って彼に言ったことある?」


「言ったことないですよ~、、だって嫌な気持ちって言葉で言うんじゃなく
その場の雰囲気で汲み取るもんでしょ、、」


キリンちゃんは都合の良い友達が欲しかった、
彼は都合の良い友達以上になりたかった。
彼女は「嫌だ」って言うことが言えずにいた。

私はそれ以上何も言わなかった。
説教くさいおばさんと思われるのが嫌だったからだ。




私はマイクに「嫌だ」と言うことをずっと言えずにいた。
一年以上かけてやっと昨日言えた。


「今日はマイクのところに荷物を取りに行こう、、」

過去を全て終らして
早く新しい生活を始めたかった。
もっと強い女になりたかった。

第24話、距離



マイクは5時頃にいつも家に帰ってきていた。
彼に鉢合わせするには
まだ心が動揺しすぎていた。
彼に会わないで荷物を取るためにも
それまでに彼の家に行きたかった。

腕時計を見ると3時を過ぎていた。

「まだ2時間あるな、急いでつめればいけるかも、、
鍵も返さなきゃ、、、」

そう頭の中でつぶやきながら
ロブソン通りを足早に急いだ。

人を掻き分け歩いていると、
キリンちゃんを見つけた。

「キリンちゃん、」

キリンちゃんの方を見た。
彼女の肩には手が置かれていた。
彼女の横を見ると
キリンちゃんのカナディアンの友達が彼女にぴったりと体を
寄せ付けて立っていた。


「幸子さん、、、」


彼女は捨てられた子犬のような目で私を見てきた。
この状況がどういう状況かがすぐにわかった。
色んな事を考える時間が私にはなかったが、
ただ彼女をこのままそこへは置いていけなかった。



「キリンちゃん、私、今から引越しなんだ、手伝って!」

私は彼の体から彼女を引き離すように思いっきり彼女の腕をつかみ
私の方に引き寄せた。
彼はいきなりの私の行動に少しびっくりしたような顔をした。
それを弁解するように彼に話しかけた。

「あ、ごめん、彼女連れて行くね、荷物いっぱいなの!」

彼が口をあけて何かを言い出そうとしたが、
それを待たずに彼女の腕を思いっきりひっぱって前に進んだ。

数人の人を掻き分けた後、

「キリンちゃん、早く、小走りに走って!」

「うん」

彼女は真剣な顔をして私の方をみた。

後ろを振り返るとあいつが追いかけてきていた。

「早く、もっと早く、、」

「でも、幸子さん、引越しって、、、」


キリンちゃんの息が切れ始めていた。

「え?マイクと別れたのよ、だから引越しするの、、はあ、はあ、、」

「え?別れたって、はあ、はあ」

「後で話すよ、早く行こう、あいつ着いてきているよ、はあ、はあ、、」

キリンちゃんは急に真剣な顔をして背を丸めて小走りに走り続けた。

その姿はあのモデル並みの美人なきりんちゃんからは想像できないぐらい
滑稽でかわいかった。

2ブロック走ったところで彼の姿は見えなくなった。
二人は立ち止まり、店の影で少しの休憩をした。


「どういうこと?はあ、はあ、、、」

「話せば長くなるけど、その話しを短くすれば、
ただ彼と私は合わなかったの、はあ、はあ、、、」

右手で心臓を押さえながら
私はキリンちゃんにウインクをして応えた。




しばらくして私達は歩き出した。

「でも、ああいう逃げかたして、ディビット、大丈夫かな、、怒ってないかな、、」

「心配なの?」


「心配ていうか、彼ね、ちょっと陰湿っぽいところありそうなんだ、、
後で嫌味を言われたら嫌だな~って思ってね。」

私はディビットの性格を全く知らなかった。
このことがきっかけで
後でとんだ災難に巻き込まれることも、
そのときの私には分かるはずもなかった。


「何かあれば私に言うんだよ、、、」


急に年上口調で話していた自分に気がついた。
「説教ばばあ」という考え方は頭の中から無くなっていた。
二人で一緒に走った2ブロックが
二人の距離を縮めていたのだろう。

「あ~やっぱり日本人同士っていいな~信用できる、、」

きりんちゃんはそういいながら
私のジャケットのすそをまだつかんだまま歩いていた。


ちらりと彼女を横顔を見た。

まだ少し息が荒かった。
走ったせいかほっぺはまだ赤かった。
小さい頃の敏子と重なった。
鼻水をたらしてよく私の後ろを着いてきていた。

キリンちゃんの目が潤んでいた。
その目は、彼女がカナダに来てからの数ヶ月
が大変だったことを物語っているかのように私には思えた。
もう他人事のようには思えなかった。



「彼女が今頼れるのは私しかいないのかも、、」

そんな勝手な母性本能が私の心に目覚め始めていた。


「守るから、、、」


そんな漠然とした言葉が自然とでてきた。
死ぬ気でなんでもすれば大男でも勝てるような
そんな気がしていた。

第25話、愛の形



「あの、、、これ、、、」

キッチンテーブルの上に白い封筒を置いた、
中には600ドル入れてあった。

「600ドル入れてます、
こんな素敵な家に住まわせてもらってるのに、少ないかもしれませんが、
受け取ってください、、、」

グラントはキッチンで珈琲を入れようとしていたが、
その封筒には目もくれず
私の方を見ていた。

「今日荷物とってきたの?」

「はい、」

「あいつも馬鹿だなあ、こんなに綺麗な幸子を悲しませるなんて、、」

彼は少し挑戦してきているかのような目で
私を見つめてきた。

返事に困り
ただ下を向いていた。

珈琲を入れようとしていたはずなのに、
急に作るのを止めて私の方に向き直った。

「おなか空いた?」

唐突に彼が聞いてきた。

キリンちゃんのことやら引越しのことやらで
自分がおなかをすかしていることさえ忘れていた。
グラントに聞かれてはじめて
自分がおなかがペコペコだということに気がついた。

「ちょっと車で走ったところに美味しいインディアンのお店がある、
一緒に行こうか、、」

彼は私の返事を待たずに玄関の方に歩き出した。
いつもグラントのこういう誘いは
私には決定権が無かった。
彼が誘えば私も着いていく、そのような「あうん」の呼吸が
二人の仲では成り立ちつつあった。




そのインディアンレストランはガスタウンの近くにあった。
こじんまりした感じのお店で
私は何度もその前を歩いていたのに
そこにインディアンレストランがあることを
グラントに連れてこられて初めて気がついた。

手馴れたようにグラントはメニューを見てオーダーをした。
私にはどんな食べ物が来るかは分からなかった。

オーダーをし終えた後
グラントは一息ついた。

「で、どうして出てきたの?
二人はうまくいくと思っていたのに、、ただの喧嘩?」

「いえ、この前の電話で別れました。」

グラントはコップの水を飲みながら話しを続けた。

「何があったの?」


「自分でもどう説明していいかまだわからないんです、、、、
ただ、ずっと起こっていた事に
私がずっと目をつぶって見ない振りをしていただけだと思います、、、」


「僕にはちょっと理解できないな、、それってどういう意味?」

彼は優しそうな眼差しを私に向けてきた。


「彼には、、、、すごく好きな女性がいたんです、、でもその女性が日本に帰っちゃって、
多分、彼女を忘れるために私と付き合いだしたんだと思います、、」


「で、彼はその後幸子を裏切ったの?」


「いえ、彼は、、、裏切ってません、、
彼女と今でもメールのやり取りをしていたみたいだけど、、
彼女がやり直そうって言い出しても、、
何も返事はしていなかったみたいなんです、
多分彼が自分の送信メールを消していなければ、、、。



一度だけ、私、彼に裏切られたことがあるんです、、、
それを彼は気にしてて、それで、私を一番に愛そうとしていたと思います。」


マイクと私は最初から求めていたものが
違いすぎていた。
それですぐに二人の関係は躓いたのに、
それを見ぬ振りをしてお互いが
お互いを愛そうとしていた。
きっと彼も私も寂しかったのだろう。


「じゃあ、なんで別れたの?別れる必要ないんじゃないか?
彼は頑張っていたんだし、もう少し様子見ても良かったんじゃないか、、、」


「ええ、、でも、、、」

言葉に詰まりかけた、、。

「ただ、、、、恐くなったんです、、、彼の愛が、、
これからももっと彼を愛して、愛してしまった後に、
彼に裏切られてしまうかも、、って変な想像ばっかりしてしまって、

はっきりしていることは、
私がいくら頑張っても彼の一番にはなれないんです、、、
気づくのにすごく時間がかかったけれど、、、」

その後にも私の話しは続くはずだったが、
それ以上グラントは何も聞かなかった。

去年に父を亡くして以来
心に大きな穴があいていた。
その穴を埋めるのは
やはり父のように愛してくれる男性をみつけなければ
ならないのでは、と自分なりに考えていた。

それにはまだウサギちゃんの影を追っているマイクでは
役不足であった。


不倫相手と付き合っているときは
相手に愛の見返りなどあまり求めなかった。
この辛い恋が素敵なのよ、と自分に酔っていたのかもしれない。
自分で自分を悲劇の主人公にしていたのだろう。

だが、父が亡くなって以来
徐々に考え方が変わって行った。

私の全てを支えてくれるような
そんな愛が欲しくなっていた。

その週末は、何の予定もなかった。
グラントはオフィスに閉じこもったままで
出てくる気配もなかった。

マイクの家から荷物を取りに行ったとき
日用品を全部彼の家に置いてきた。
荷物が多くて持てなかったのもあるが、
あの二時間の間で全てのものをかき集めることができなかったからだ。

この家の近くのドラッグストアに行こうと思ったが、
場所もはっきりとどこにあるかが分からないし、
かといって、忙しそうなグラントに聞くのも気が引けたので
ダウンタウンまで出ることにした。



バスを降りると週末だけあって人は多かった。
デジタルカメラを首からぶら下げた人も多い、
観光客もそろそろBCに来る頃なのだろうか、そんなことを一人考えていると、
向こうから日本人のかわいい女の子が二人歩いていた。
まだカナダに来て間もないのだろう、
高いピンヒールのブーツにヴィトンの大きなかばん、
髪は軽いウェーブのかかったスタイルで、
化粧もばっちりメークだった。
一人はウールのショートパンツを履いていた。
パンツが短すぎたのか、パンツのすそからはお尻の一部なのか、
それとも太ももの一部なのかどちらかわからないような
肉が見え隠れしていた。

もう一人はショートスカートで
その下には網目が大きすぎて、誰にか縛りあげられているんじゃ
なかろうかと思わせるような大きな網目の編みタイツをはいていた。

二人とも大胆にも綺麗なおみ足を見せ付けていた。
もうそこまでなればセクシーを通り越し「エッチすぎる」という
修飾語が似合う女の子たちだった。

スカートとパンツが違うだけで
双子のように全く同じような格好している二人はかなり目立っていた。


「はあ、、あそこまで綺麗な足をしていたら、、もう少し若かったら、、」

独り言のようにつぶやいた。

その日の私の格好と言えば、
バギーのジーンズにトレーナー、
首が寒いといけないのでマフラーを巻いた
男か女か見分けの付かないような格好をしていた。
ただ申し訳なさそうに伸びている長い髪で
やっと女と判別できたのではないだろうか、、。

ニックに魔法をかけてもらった日の事を
思い出していた。
キュートなスカートにロングブーツ、
すれ違う男全てが私を見ていた。
そんな私を誇りに思っていたのか、
ニックは私の方を時折見ながら
「皆幸子のことをみているよ、、、」
そう耳元でささやきながら少しはにかんだ笑顔を私に投げかけた。
過ぎ去ってしまった素敵な日々だった。


そんなことを考えながらふと、彼女達の横に目をやった。
その横には背の高い
まあまあ男前の若いカナディアンが一緒に歩いていた。
身長の差がありすぎるのか、
彼は少しかがみながら彼女達の方に顔を近づけて歩いていた。

よく見るとキリンちゃんのカンバだった。

「あ、、」

そう思ったときは遅かった。
向こうが私に気づいたのである。


「ヘイヘイ、幸子~!」

大きく手を振ってきた。
逃げ隠れする場所などなかった。

彼は彼女達の方を向き
なにやら忙しげに話し出した。
彼女達はかなり嬉しそうに話していた。

彼女達は最後に親指と小指を立ててその手を自分の耳に持っていった。

電話して、の意味だった。

彼女達にハグをしてほっぺにキスをした後、
急いで私の方にやってきた。

ダウンタウンに来たことを少し後悔していた。

第27話、美人な足2



「僕のこと覚えてる?」


「ええ、」

そうは言ったが、完全に名前は忘れていた。
こんな男の名前を忘れたところで
痛くも痒くもなかったが、
とりあえずは彼の名前を探るように会話を始めた。


「昨日キリンちゃんにも言ったんだけど、明日友達の家でパーティがあるんだ、
来ない?」

「え?キリンちゃんは来るの?」

「絶対行くって行っていたよ、僕が彼女の家に誘いに行くことになってるんだ、
あ、さっき一緒にいた女の子達も来るよ、
女の子はほとんど日本人、、
男はカナディアンばっかりだけどね、、」

「本当にキリンちゃん行くって言ったの?」

「え?どうしてそんなこときくの?」

彼が少し不振そうに私を見てきた。

「え、あ、いや、明後日大事なテストがあるし、そんな時間あるのかな、、って」

「絶対行くって、喜んでいたよ、他にもいっぱいカナディアン来るし、
色んな人に出会えるってね、、」

「で、どんなパーティなの?」

「ただ飲んで騒ぐパーティ、、僕達はちょんまげパーティって呼んでいるんだ」

この男は馬鹿だった。
もっと隠せばいいものを
私が聞く質問に素直に全て答えた。

「なんでちょんまげパーティって呼ぶのよ、」

「だってちょんまげって男のアレに似てるじゃん、ふふ、
それと日本人の女の子しか呼ばないからね、僕達はそう呼ぶの、」

彼は気持ち悪い薄ら笑いを浮かべた。

「あとね、その日は日本のビデオ鑑賞会もあるよ、」

「なにそれ?」

「アベサダ、有名な話しじゃん、クックックッ、、、」

名前を思い出せないその男はついに笑い出した。

「場所はどこなの?」

「hastingsにあるんだけど、ダウンタウンから歩いていけるよ、、」


いわゆる「ORGY」のようなパーティだった。
キリンちゃんやあの女の子たちはそれを知っているのだろうか?
hastingsの場所がどんなところか知っているのだろうか、
そう考えると背筋が寒くなった。

時間と場所をしっかり聞いた、

「キリンちゃんを阻止せねば、、、」

気がつくとその男は私にハグをしてこようとしていた。
逃げる暇も無く私はハグされていた。
そのまま男は私のほっぺにキスをした。

「待ってるよ、、、」

彼は私の耳元で甘くささやいたつもりだったのだろうが、
かなり気持ち悪かった。

第28話、ちょんまげパーティ



きりんちゃんの電話番号をまだ聞いていなかった。
コアラちゃんなら知っているはずだったが、
例のメキシコ旅行からはまだ帰ってきていなかった。
マイクならキリンちゃんとメルアドを交換していたので
知っていたはずだが、マイクに連絡するきにはなれなかった。

そう、私とキリンちゃんは家に行きあったこともない、
相手の電話番号はおろか
お互いのメルアドさえも知らないただのクラスメートだった。
そんなクラスメートの為に必死になる方がおかしかった。
その「ちょんまげパーティ」といえど、
普通の出会いのパーティかもしれない。
「ORGY」と決め付けたのも、まだ一年半しかカナダに住んだことのない私だった。
それにもしそのパーティが「ORGY」だとしても
彼女達が嫌だと言ってそのパーティを離れれば
大丈夫なはずだ。
彼女達ももう子供ではなく20歳を過ぎた大人だった。

そんな言い訳を色々考えてはみたが、
やはり私の想像は嫌な方向へと進んでいった。


次の朝起きても
結局私はそのことばかりを考えていた。

今日、私が行くのを止めて、もし彼女達に何かあれば
きっと私は一生後悔するだろう。
もし彼女達を助けに行って、
何かあったとしても後悔はしないだろう、、。


答えはでていた。


パーティは6時からだと言っていた。
少し早めに家の近所で張り込んで
キリンちゃんを連れて帰ろうかと考えたが、
少し無理がありそうだった。
あの男がキリンちゃんを迎えに行くと言っていたからだ。
彼と一緒に居るところでは彼女を連れて行くのは不自然すぎた。

しかし私はその家に入るのが嫌だった。
入ってしまえば向こうの思う壺のように思えたからだ。
外で張り込むしかない。
あの男に何を言われようが追っかけられようが
方法はそれしかないように思えた。


5時に家の前に着いた。
こういうところをスラム街というのだろうか、
グラントの住んでいる町と同じバンクーバーにある町なのだどうかと
疑うぐらい酷い場所だった。
近くには浮浪者らしきカップルが歩いている、
まだ日は沈んでいなかったが、
一人で張り込むには少々度胸がいった。

隠れる場所などどこにもなかった。
汚らしい家が続いている中、誰かの家の壁に隠れている方が
変に怪しまれる。
私は家の斜めに位置する歩道で堂々としながらも
じっと立っていた。

パーティが始まったのだろうか、
音楽が家の中から聞こえてきたが、
一階の窓からは何も人影は見えてこなかった。

時計は8時を過ぎようとしていた、
それでもきりんちゃんは現れなかった。

ひょっとして
行くのを止めたのかも、と少し安堵していると、
昨日ダウンタウンで見た二人連れの日本人がやってきた。

二人はその家の前に立つと
アドレスを確認しているようだった。
家が間違っていたのか、
しばらくすると彼女達はその家を離れ
またもときた道へ戻り、
一つ目の角を曲がっていった。

私は急いで後をつけていった。
彼女達は家の裏手の門を開けて、
そのままベースメントの方向へと消えていった。


私が馬鹿だった。
パーティの入り口は表玄関ではなく、
裏のベースメントへの扉だったのだ。

きっとすでにキリンちゃんは来ている、、、。



しばらく悩んだ末
ベースメントの重い重いドアを開けた。

第29話、アベサダ



ベースメントの部屋は煙が充満していた。
すぐに
それがタバコとマリファナの匂いだと言うことに気がついた。

部屋の中は赤いルームライトしかなく
かなり薄暗かった。

音楽はがんがんなっていた。
そのリズムに合わせてカナディアンの男の子が踊っていた。
その向かいに足のおぼつかない日本人の女の子が
彼に支えられながら踊っていた。

彼女の足はふらふらだった。
それに踊って暑いのか、
上はブラが透けて見えるキャミ一枚だった。
その二人を囲むように3,4人のカナディアンが
グラスを片手に壁にもたれていた。
みんな彼女を狙っているハイエナのように
気持ちの悪い薄ら笑いを浮かべ
お互いに耳元で何かささやきあっていた。

奥へ進むとおおきな白い壁に何かの映画を映していた。
人の影で画面がかけたりしていたが、
日本の映画だという事がすぐにわかった。

あの男が話していた「アベサダ」だろうか。

赤いくらいライトと煙とでかなり視界も悪かったからだろうか、
辺りをさっと見回してもキリンちゃんの姿はなかった。

そのうちに
さっきのエッチすぎる女の子二人組みを見つけた。

すでに彼女の周りには二人のカナディアンの男の子がいて、
なにやら4人で話し合っていた。
自己紹介をしていたのだろうか、お互いに握手を交わした後、
一人の男が二人組みのうちの一人の肩に手を回し、
部屋の真ん中に連れてきて、踊りだした。
彼女もなれているのか、リズムに合わせて体を動かしだした。

残ったもう一人の女の子に目をやったが、
もうそこには居なかった。
別の男がどこかへ連れて行ったのだろうか。

その時急に

「HEY HEY HEY!!」

と背後から聞こえてきた。
少し怒鳴るような声だった。

振り向くと、
先ほどのキャミ一枚の女の子がフロアに倒れていた。
仰向けに倒れていた。
まだ意識があるのだろう、起き上がろうとしていたが、
体が思うように動かないようだった。
短いスカートはめくれ上がり、
下着は丸見えだった。
そんなことも分からないぐらいに酔った彼女は足を
ばたばたし続けた。
それを抱きかかえるように男ふたりで彼女を奥のベッドルームへと
運んでいった。

どう考えてもアルコールだけで足が立たなくなるぐらい
酔えるはずは無かった。
もちろんアルコールも飲んでいたのだろうが、
それプラス薬をしたのだろう、
マリファナだけならああはならない、、
エクスタシーか、マッシュルームか、、
それともコカイン、、
私はそれぐらいしか思いつかなかった。

しかし、彼女達はそれを進められるがままに飲んだのだろうか、、
それとも、、、。


キャミ一枚の女の子が居なくなったことで
手持ち無沙汰になった男の子がひとり私の方にやってきた。

「ハイ、どう?楽しんでる?
あ、飲み物持ってないじゃない、持ってくるよ、、」

そういうとその男はすぐに消えた。
そして消えたかと思ったらすぐに現れた。

「ハイ、コーラ」

まさしくそれはコーラだった。
彼に気づかれないように匂いを嗅いでみた。
少しだけジンの匂いがした。

「有難う、」

そういって飲む振りをしたが
口の中には絶対に入れなかった。

「僕エドっていうんだ、君は?」


「さ、さ、さ、さおり、、」

とっさにどうしてだがグラントの忘れられない女性の名前を言った。

音楽がうるさすぎて会話にはならないようだったが、
それが彼らには好都合だったのだろう、
会話を続けるために急に体を近づけてきた。

彼は私の耳元に顔を近づけ、

「踊らない?」

と言って来た。

「ごめん、先週右足をくじいてドクターストップかかってるんだ、、」

それもとっさの嘘だった。

「じゃあさ、あっちの部屋行こうよ、
みんな楽しいことしているかも、、、」

その部屋を覗いてキリンちゃんが居なければ帰ろうと思った。
ここにこのまま居ては薬漬けにされて襲われるだけだ。

彼は私の肩を抱き
強い力で私をそのベッドルームのほうに導いた。

「あまり飲んでいないね、
ぐっと一気に飲みなよ、、、」

「え、あ、うん、、」

私は飲む振りをして彼が見ていない間に床に
半分以上のコーラを捨てた。

彼がそのベッドルームを開くと5,6人の男女がベッドに座っていた。
この部屋も暗すぎて誰が誰なのかわからなかった。


「幸子さ~~ん」

急にききなれた声が聞こえてきた。

第30話、コカイン



キリンちゃんだった。
少し酔っているのか
あの男を前にしてかなり無防備な感じがした。

「幸子さん来るって聞いていたから
いつ来るのかな、って待っていたのよ~」

そういいながら彼女は私に抱きついてきた。
酒臭い匂いが漂っていた。

「連れて帰りに来たのよ、、」

「え、まだ来たばっかりじゃん、、」

彼女はきょとんとしながら私の方を見た。
鼻の辺りに白いものが付いていた。

ベッドの方に目をやった。
数人の男女が円を描く様に座っていた。
皆背中をまるめ、ベッドの中心に向かって
何かを覗き込んでいるような体制をとっていた。

「ね、サオリも参加しない?
これで10ドル、もっと欲しければまだあるよ、、」

私をここまで連れてきたエドという男は
自分のポケットから小さな透明の袋を私に見せた。
中には少量の白い粉が入っていた。

「え、えっと、まって、お金あるかどうかわかんないし、、、
彼女にちょっと聞いてみるね、」


そう言いながら私はキリンちゃんの方を向くと
その男に分からないように日本語で話した。

「あなたのカバンとジャケットは?」

「えっと、どこだっけ、、、」

彼女はふわふわするように部屋の周りを見渡した。
ドラッグが効いていたんだろう。

「あ、ここ、ここ、、」

運良くそれはちょうど私達の足元にあった。

私はそれをつかむとキリンちゃんの腕を強くつかんだ。


「お金無いんで、どっかでお金出してくる、、、」

作り笑いを浮かべながらエドにそう告げて部屋を出た。

「じゃ、待ってるね、」

何も疑われなかった。


部屋を出ると
隣のベッドルームのドアが少し開いていた。

その隙間からは男女の萌えぎ声と
ベッドの上で数人の素足が絡まっているのが見えた。

心臓が破裂しそうなほどどきどきして
私は立ち止まった。

どうしていいかわからなかった。
ただそのドアを開ける勇気が出なく、
もう一度キリンちゃんの腕を強くつかみ
出口に向かってまっすぐ歩いた。

「痛いよ~幸子さん、、」

「え?どこ行くの?」

何も聞こえなかった。

玄関を出た後、
彼女の腕を話さずに思いっきり走った。

隣のベッドルームことが頭から離れなかった、
強姦だったのか和姦だったのか、
ただ、中に入る勇気が無かった、
彼女を助けるべきだったのか
そうじゃなかったのか判断できなかった。
もしかしたら
彼女がキリンちゃんだったかもしれなかったのだ。

恐かった。

目からは何故だか涙があふれてきた。


ガスタウンの明かりが見えてきた。

「あそこまで、あそこまで走れば、、、」

二人の息は切れ始めていた、
走るのにも限界があった。


それ以上走れなかった。
二人は道にうずくまり、
息をハアハア言わせていた。

ふと周りを見渡すと、
グラントに連れてきてもらったお店がみえた。

急に安堵の気持ちがこみ上げてきた。

「よかった、、無事帰れた、、」

独り言のようにつぶやいた。



「今日は私の部屋に泊まっていきなよ、
グラントに話せば泊めてくれるだろうし、、」

キリンちゃんを一人で帰すわけにはいかなかった。


かなり疲れていた。
早く安全なところに帰りたかった。

私のつかれた心とは裏腹に
ダウンタウンの明かりはキラキラと輝いていた。

第31話、土産話

昨日の出来事がとても昔に感じられるぐらいに
普通の日が過ぎていった。

キリンちゃんは学校を休んでいるらしかった。

今日の明け方
タクシーを呼んで自分の家に帰ったのだ。


「また学校でね、」

そう言って帰っていったので
学校に来るものだと思っていた。

忘れかけていた昨日のことも
学校のビルの前に立つと
あの男の事を思い出した、
よくここでキリンちゃんを待ち伏せしていたからだ。

学校で待ち伏せされていたらどうしようかと思っていたが、
あの男の姿はなかった。






「カンクン良かったよ~彼とふたり、とってもロマンティックだったわ~」

昨日コアラちゃんがカンクンから戻ってきていた。
話しがあるのでと、
学校の帰り二人でスタバに寄っていた。

「白い砂、青い海、そんなところに大好きな人といけるなんて
限られた人だけだと思っていたけど、
こんな私でも行けたんだよね~」

コアラちゃんとの会話はいつも私を幸せにしてくれた。
普通に生きていることがどれだけ幸せなのかを
彼女の言葉の端々や、仕草から感じることができたからだろう。
それに
なんでも素直に喜ぶ
こういうコアラちゃんの性格が大好きだった。

「ほら、私って、なんていうのかな、遅咲きじゃない、
20代後半になるまで男性と手も握ったことなかったのに、
ポールと付き合いだしてからは、遅咲きの青春駆け抜けるように、
初キスに初エッチ、同棲に婚前旅行に、もうめまぐるしく過ぎたわ、、
それもこれも全て、ポールと出会えたからだと思う、、、感謝してるんだ、、」

彼女は頬を赤くしながら話を続けた。
その姿はまるで幼い女の子のようにかわいかった。



「それでね、話しは急なんだけど、ポールと来月結婚することにしたの、、」

「え?来月?」

「うん、ビザの関係でね、、、早く申請したいし、それをするには結婚した
証明書みたいなのがいるの、
でも時間もないし、簡単に家の庭でこじんまりとしようかと思って、、」

「でも、コアラちゃんずっと“結婚式は盛大にしなきゃ、、”ってよく
言ってたじゃん、、、」

「う~ん、あれね、どうでもよくなった、ほら、彼と結婚できるなら
それでいいかな、って思って、はは、、」

少し照れ笑いをしながら答えていた。



コアラちゃんの愛は本物だった。
私のように見栄や意地など一切ない純粋な愛に感じられた。

「私の恋愛ってなんだったんだろう、、、」

妻子持ちとの恋愛は意地で、
マイクとは見栄、
その後のジョンとマイケルは寂しさに負けたように思えた。


じゃあ、ニックはなんだたんだろう、、、


ぷるるる~~~


コアラちゃんの携帯がなった。

「ハロ~~」


きっとポールからだろう、
なにやら楽しげに話し始めた。


コアラちゃんから顔をそらし、
窓の方に目をやった。

車が渋滞しているせいだろうか、
数台の車がクラクションを鳴らしていた。

そんな音を遠くに感じながら
行きかう人を見ていた、
多分誰かを探していた、、、。

第32話、誓い



3月いっぱいでビザが切れるので
ビジタービザの更新をした。

更新に必要な書類の中で銀行の残高証明書があった。

こちらに来ても質素な暮らしをしていたからだろうか、
1年半も住んで、学校の授業料を入れても200万円ほどしか使っていなかった。

70万もあれば十分かと思い、日本の銀行からこちらの銀行にお金を移し
残高証明書を作ってもらった。

それでも日本の銀行口座には230万も残っていた。

自分でもなかなかの節約振りだと思うと
ちょっと嬉しくもなった。


3月いっぱいで学校は辞めようかと思った。
その後はどうするか決めていなかったが、
ビザが切れるのでも日本に帰ろうかとも考えていた。
だが、昨日
コアラちゃんから4月に結婚式をすると打ち明けられ、
彼女に立会人になって欲しいと頼まれたのもあって
ビザの更新を決意した。
決意といってもそんな大袈裟な決断でもなかった。

実際カナダにまだまだ残りたかった、
でも残る理由が見つからず日本に帰るべきかと考えていたところに
コアラちゃんからの申し出だった。

残れる理由ができたのだ。

それに結婚式の立会人になって欲しいという申し出は
すばらしいことだと思った。

コアラちゃんの人生の門出での大役、
それだけコアラちゃんに大事に思われている友達なんだという
事実がとても嬉しかった。


日本に居た頃も親友と呼べる友達が数人いた。
彼女達は次々に結婚していったが、
誰一人として
私に結婚式のスピーチを頼むものもいなかったし、
花嫁のブーケを私めがけて投げてくれる子も居なかった。


「ほら、幸子って人前でしゃべるの苦手でしょ、
今回も早紀に頼もうと思うんだ、あの子かなり華やかだし、場の雰囲気も
明るくなるかな、って思って、ごめんね、、」



「私達はハワイで結婚式挙げたいんだけど、予算の都合上3人しか友達呼べないんだ、
今回は早紀と、ゆりと恵にしようと思うんだ、幸子仕事とか忙しそうだし、、」

「あ、でも有給いっぱい残ってるし、それに旅費なんて払わなくていいよ、
私そのときの為にお金も貯めてたし、、ハナの一度しかない素敵な結婚式
に絶対参加したいし、、ね、」

「う~ん、でも悪いから、いいよ、ごめんね」


私は行けなかった。


今思えば、私ばかりが親友気取りで接していて
向こうはその態度を煙たがってはいたのだはないかと思えた。
それだけ彼女達からは私が投げた愛が返ってこなかった。


ただコアラちゃんは今までの友達と違った。
私が投げなくてもどんどん、どんどん投げてくる。
それを私が受け止めような受け止めまいが関係なく
投げてくる、、、。

すごく暖かい気持ちにさせてくれた。
この関係を一生大事にしようと
固く心に何度も誓った。


                     続く



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